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2006年11月05日
デザインにおける理想と現実。
何かを作り出したり、変化を求めたいときには「理想」というものがゴールの先にはある。
「こうありたい」「こんなカタチにしたい」「こういう効果を期待したい」など、人により様々な思惑があり、その実現を切望するのだが、それらはあくまでも理想であり、現実にそれらを実現するためにはどうすべきか。
だいたい議論を交わすときに直面する問題として、
「ある一方からのものの見方だけで結論を急いでいる」
ということが多い。
物事というのはそんなに単純な事ではないから、ある一つの仮説を立てたとしたらそれが正しいかどうかは複数の視点で検証することで明らかになる。
わかりやすく言えば、「ある商品をWebサイトで告知したい」というミッションを達成するとすれば、単にスペックを羅列したり、その特長を並べ立てるだけでは、何の効果も得られないと言うことである。これをボク的には「メーカー視点の情報提供」と呼んでいる。
まず、情報を伝えるにあたっては、
・その情報は、誰が見る情報か(ターゲットの絞り込み)
・そのターゲットは、どんな情報を欲しているか(ユーザーニーズの洗い出し)
・どんな表現手法がより効果的な情報伝達を生み出すか(ユーザビリティの構築)
・その情報により、ユーザーが享受できるメリットは何か(ユーザーベネフィットのアピール)
というステップによって構築していく。
このとき、情報提供者(クライアント)からだけの視点で情報を構築していくと、ユーザーが知りたい情報がわかりにくくなったり、探しにくくなったりするために、本当に伝えなければならない事が伝わらない閉塞した状態を招いてしまうのである。女性をターゲットにしている商品に、男性が考えた理屈が通りにくいといえばわかりやすいと思うが、読み手の立場で情報を作ることの大切さは、情報を発信する側に欠けているというのは、どんなクライアントさんのWebサイトを作っても共通の問題である。
それは、なぜか。答えは簡単だ。
「面倒くさい。」
これにつきる。
クライアントの内部文書をそのまま利用するのが一番楽だし、グラフィック広告やプレスリリースなどの既存文書や制作物を利用する方がアプルーバルも通っているし手間がない。何よりも担当者は楽なのである。Web用に特化した情報の加工は、周辺環境(ユーザーの特定や市場の動向)の調査費やら原稿の作成費やらデザイン設計費と金がかかるかかる。そして、もっとも嫌われる要素として、担当者が上司や組織の了解を得るために社内的な根回しをしなければならないこと。
時間がない。費用に限りがある。こうした問題と相まって、なかなか担当者が一線を越えるために立ち上がってくれないのは常にあることで、必要であればそういった社内向け資料の作成までも手がけることがあるけれど、往々にしてその資料の説明自体ができない場合が多く、企画が大幅に修正・縮小されることも間々あるわけで。また、担当者の趣味嗜好が強い場合もこうした論理的構築を阻害している傾向が強い。
どうしてなんだろうとボク的にもよく考えたりするのだが、決して難しいことを並べている訳でもないし特異なことを提案している訳でもない。あまりにも当たり前なことを当たり前に提案しているだけなのである。これを受け入れてくれる会社と受け入れてくれない会社の違いといえば、担当者が「俯瞰的な目」を持っているかどうかという違いになるのかもしれない。
冒頭の「理想」を強く持っている担当者であればあるほど、早急な結果を求めがちであり、盲目的に「ある結論」を出したがる。この思いがあるべきWEBサイトのカタチとベクトルが合っていれば追い風にもなるのだが、短絡的に即効性の高い効果やカタチにこだわっている事が多いために、完全一致には至らない。
ここで重要な事は、制作者は言い分を「ただ押し通す」だけがすべてはないと言うこと。担当者の思惑も柳に風で受け流すところと、体良く受け入れて部分的な改善を促したり、粘り強く長期的に変化を促していくことで、最終的理想へのゴールを目指していくと言うこと。
理想を理想と思った時点で実現できない。
とボクは思う。だから、理想論と片付けてしまわないように、常に現実路線で提案し、実現できる方法を模索する。そのためには、口だけではない「裏付け」を多く探すことにも力を注いでいる。誰もが納得できる「状況証拠」を多く収集できれば、内部調整もしやすく上司の理解も得やすい。(でもその状況証拠を収集するには費用がいるので、これはこれで痛し痒しだったりするのだが...)
まあ、
「泣くまで待とうホトトギス」
だったり、
「果報は寝て待て」
って感じでしょうか。
なかなか、理解してもらえないんだけれど、これは、担当者が気づくまでいいなりになったり、事を荒立てないという事とは違う訳で、一言では言い表せない事でもあるんですけどね。
曲がらねば世がわたられぬ
「信念とこだわり」は「わがまま」と紙一重。なかなか誤解の無いように振る舞うのは難しい側面もあるけれど、目的完遂のために、変幻自在に自分を変えながらクライアントの意に沿うカタチで、その流れを自分の流れに引き込みながらその力を利用して本来の目的を達成する力に変えていく。そのためにも、様々な視点と様々な見解を用意しておかないといけないし、時代の流れやトレンドをウォッチし続けなければならないことは言うまでもない。
投稿者 continue_kozai : 2006年11月05日 11:44
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