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2006年10月15日
ことわざから見た「人間的成長」とは?
人間も30になると、一人前だと言われるようになる。そして、自分自身にも自信みたいなものが沸いてきて、人からの言葉をなかなか訊かなくなってくる頃でもあるのではないだろうか。
人が成長するコツは、他人からの忠告に耳を傾け、その意味を理解して自分の心に刻み込み、自分がその言葉を実践できるようになることだと強く思う。
■自分を強く持っていた頃の自分
昔から自分は人よりよくできると思ってはいたものの、人よりも物を知らない、知識が狭いともよく思っていた。AB型の典型的性格だと思うけど、いわゆる狭く深い知識である。著名なデザイナーも知らないし、ファッションの潮流も知らない。全く持って世間とのズレは甚だしい。
でも、クリエイターとしての自負だけが自分のよりどころであり、大きな自信としてあった。
そんな中、ある企業の一大プロジェクトのメンバーとして声がかかった。うれしい。自分はこんな大きなプロジェクトに参加できる資格があるのかと疑心暗鬼になりながらも、なんとかついて行こうとした。
会話に出てくる言葉がわからないからと、「カタカナ語辞典」を買ってみたり、サイトを調べたり。ただ、こと、デザインになるとそういった謙虚さはなく、我が強く、パートナーである制作会社を罵倒する。
プロジェクトが終わり、サイトが公開されるまで、自分自身の正当性を主張して制作会社の意図や方向性を認めることは無かったと思う。そんな自分を周りはどんな風に見ていたんだろう。
■ボクが急激に成長した最大の理由
そのプロジェクトを終えて、もっとも強く思ったことは、
「納得のいかないできあがりや方向性をどう理解するか」
という事だった。
自分のqualityレベルからすると遙かに下回る完成度に納得できない。しかし、このレベルに納得している人が多数いたことにも正直驚いた。天下の大代理店のクリエイティブに携わる人たちが賞賛する。なぜ?
その人たちに共通するものは、クリエイティブに携わっていながら自分ではものを創らない人たちだと言うこと。言葉とニュアンスで制作会社を操る。イメージの方向性を正しいレールの上にのせるのが彼らの商売とも言える。ああ、これがプロデューサーってやつ?!
当時口論の絶えなかった直属のプロデューサーに対して、「ボクはこうして生きてきたし、ボクは変えられない」的なことをしきりに言っていた記憶がある。ただ、心の中で「自分が変わらなくっちゃ」という思いが芽生えていたのは事実だと思う。
なぜなら、もう30半ばにして、中途半端な技術力だけで生きてきて、家族を養う唯一の方法が体力と気力。これは、年齢と共に衰えもし社会からも見放されていく。
自分を主張するのではなく、人から認められる主張が言えるようになることこそ、将来の自分を創るのだと強く感じた瞬間だ。
当時のプロデューサーは、はっきり言って人間として一番嫌いな人種だが、仕事の師としては尊敬できる人だ。
プロジェクト遂行のために、冷酷までに冷たいハンドリング。これははっきり言って真似できない。でもすごい。
何度も何度も、その人とのやりとりを思い出しては自分のことに重ね合わせてみる。それでいいのかと問いただしてみる。
そんなこんなで、がむしゃらに仕事に向かっている自分が、いつの間にか、人に認められる主張が言えるようになっていたと思う。
■視点を変えろ、人の話を訊け!
「木を見て森を見ず」
よく言い当てたものだ。クリエイターとして粋がっていた頃はまさにこれ。一つ一つの細かいディティールにこだわって、全体の中での優位性とか必然性が目に入らない。一つがダメだから全部がダメだという理論に落ち着く。
これを解決するのは至って簡単だった。物事を、結晶ができるかのごとく一つのタネから身を付けていく成長型の発想ではなく、全体像をまず描いて、それを分割していく細分型に変えればいい。
「それは、なぜ必要なのか」
単純にこの理由だけを突き詰めていく。ものが存在するためにはそれなりの理由が必ずあるはずだ。理由がないところにものは存在しない。ところが、成長型だと、ものが存在するために「理由が必要になる」のだ。後付の理由は脆い。
この概念は、情報設計やユーザビリティを突き詰めていけば行くほど明確になっていく。
自分が技術に溺れていたころの発想を、見事に逆転させて、それは裏付けとして理解するようにしたら、制作会社とのやりとりもスムーズに行くようになる。(一部の制作会社さんとはなかなかうまくいきませんけどね。未だに。)
「良薬口に苦し」
人はなぜ、忠告をするのか。アドバイスは自分の都合のいいものだけではなく、自分が承伏できないものこそが良質のアドバイスとなりうる事もある。自分が尊敬できる人、そうでない人いろいろいるけど、その人たちの立ち振る舞いや一挙手一投足を見逃さず観察し、自分との違いを見つけ出す。すると、自分が今までつまずいていたことや悩んでいたことの解決策につながっていく。自分の主張を押し通すのもよい面もあるが、素直に他人の意見に曲げられてみるのもいいことだ。
「曲がらねば世がわたられぬ」だ。
ただ、相手が間違っている場合を見極めることは難しいものがあるけど。
■今回のコンティニュ的こころ
自分が負けるのは悔しいはずだ。だからこそ、その負けた要因を自分なりに分析してどの部分が至らず、どの部分を学ばなければならないかを突き詰める。
「失敗は成功のもと」
その自分の失態を反面教師にして、自分の成長に役立てよう。自分が至らないことを正直に認めよう。それが大事。
「するのは失敗何もしないのは大失敗」だ。
投稿者 continue_kozai : 2006年10月15日 16:38
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